日本百名城: 春日山城

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春日山城春日山城
【春日山城】春日山城(新潟県上越市:標高182m、蜂ヶ峰(春日山))は難攻不落の名城として知られ、特に全国有数の山城である観音寺城(滋賀県近江八幡市:標高432.9m、繖山)、小谷城(滋賀県長浜市:標高約495m、小谷山(伊部山))、七尾城(石川県七尾市:標高約300m、石動山系城山)、月山富田城(島根県安来市:標高197m、月山)と共に日本五大山城の一つに数えられています。築城年は不詳ですが、南北朝時代に越後国の守護上杉家が守護所である至徳寺館の詰め城として築かれたと推定されています。戦国時代に入ると上杉家の凋落に伴い、守護代の長尾家が台頭し永正4年(1507)、長尾為景は上杉定実を擁立し、当時の守護上杉房能を追放し形式上は越後国を掌握(旧守護方の国人領主との対立が激化した)、春日山城も長尾家の支配下に入ります。長尾景虎の代に関東管領上杉家の名跡を継ぎ上杉謙信と名乗り、春日山城を居城として越後の統一を果たすと、上野、信濃、越中、能登、出羽へと侵攻し全国有数の大大名へと成長します。天正6年(1578)、上洛目前だった謙信が病死すると、上杉家中が2分する家督争いが起き、逸早く春日山城を奪取した上杉景勝が勝利するものの、多くの禍根を残し、さらに上杉家の弱体を招いた為、謙信時代に広げた領地も大幅に失います。その後、豊臣秀吉に従属する事で残された領地が安堵され、小牧・長久手の戦いや富山の役、小田原の役、奥州仕置きなどで尽力する事で謙信時代には及ばないものの、越後、佐渡、出羽庄内地方、信濃西部の90万石の大大名としての地位が確立しました。さらに、文禄4年(1595)には五大老に就任、慶長2年(1597)には30万石の加増を受け120万石の大大名として会津黒川城(福島県会津若松市)に移封となりました。慶長3年(1598)、春日山城には堀秀治が入封、秀治は関ヶ原の戦いで徳川方として上杉家が画策した上杉遺民一揆(上杉棄民一揆)の鎮圧に尽力した事から本領を安堵されますが、春日山城は安定した世情では行政や経済的には非常に不利だった事から慶長12年(1607)に経済の中心地だった直江津港の近くに福島城を築城し、春日山城を廃城としました。長尾家の菩提寺だった林泉寺の茅葺屋根の惣門が搦手門を移築したものと伝えられています。
春日山城春日山城
【上杉謙信の暗殺説】−上杉謙信は一般的には天正6年(1578)3月9日に春日山城の厠で倒れ、3月13日に急死、死因は脳溢血とされます。これとは別に暗殺説も依然として根強く、直接対決が迫った織田信長や養子の1人上杉景勝が最右翼となっています。ここでは、上杉景勝説を取り上げます。まず、大きな動機となったのが景勝の実父である長尾政景の死因で、「北越軍談」によると謙信が宇佐美定満に命じて暗殺させたとあり、その事実を知った景勝が謙信に対して恨みを持っていた可能性は非常に高かったと思われます。もう1つの動機が同じ謙信の養子である上杉影虎の存在です。影虎は小田原北条氏から養子として向かい入れた人物ですが、謙信の幼名である「影虎」を与えられ、謙信と同様に軍役が無く、関東管領家だった上杉憲政と関係を密にさせる事で上杉家の家名と関東管領職を円滑に委譲する事を考えていたのかも知れません。対して景勝には、長尾家当主や軍役の長、越後守護職を委譲したいと考えていたようです。あくまでも推論ですが、景勝には十分に動機があったように思われます。その後の行動も奇妙で、謙信が死去した2日後には春日山城の金庫と武器庫、謙信の印判を掌握し、3月24日には上杉家を当主を継いだ事を宣言し他国にも書状を送る等、余りの手際の良さから景勝は謙信の死とその後の行動を早くから想定していたとしか思えないとされます。謙信の葬儀でも、本来、長尾家の菩提寺である林泉寺(曹洞宗)がそれらを司り、境内に葬られるはずが、他宗派(景勝が帰依していた真言宗)によって葬儀が執り行われ遺骸も、甲冑が着せられたまま大甕に入れられ、その上から漆で満たし密封された上で春日山城の本丸に埋葬されたとあります。さらに、景勝が慶長3年(1598)に会津黒川城(福島県会津若松市)に移封になった際には謙信の遺骸が入った大甕を会津に移さず、余りにも不謹慎だった事から、新たに春日山城の城主となった堀秀治が苦言を呈してようやく移される始末で、林泉寺も結局、米沢城(山形県米沢市)に移封後の暫くたってからようやく許され米沢城下に境内を構えるようになっています。
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